HOME > 提言・アピール・記事 > イレッサ薬害  

分野別 提言・アピール・記事

 大阪高裁は2012年5月25日、イレッサ訴訟裁判において、原告に逆転敗訴の判決を言い渡しました。判決は、イレッサには有効性、有用性があり、添付文書による警告にも欠陥はないとしています。
 新薬学者集団は、判決の内容が科学的でなく、薬害根絶に逆行する重大なものであるため、抗議声明を発表しました。


【声明】

イレッサ薬害訴訟大阪高裁判決に抗議する

2012年6月21日
新薬学研究者技術者集団
  代表 早川 浩司


 2012年5月25日、大阪高裁はイレッサ薬害訴訟において原告に逆転敗訴の判決を言い渡しました。判決は、イレッサには有効性、有用性があり、添付文書による副作用の警告にも欠陥はないとしています。


 肺がん治療剤イレッサは、申請からわずか4か月で承認の方針が決まるという異例の迅速審査により、2002年7月に世界に先駆けて承認されました。しかし、発売直後から間質性肺炎などの重篤な肺傷害が多発しました。このような副作用の発生は,すでに治験の段階から認められていたものです。厚生労働省は、2002年10月に販売元のアストラゼネカ社(ア社)に添付文書の改訂と緊急安全性情報の提供を指示しましたが、2012年3月現在で847人の副作用による死亡が報告されています。判決は被害者を救済せず、医薬品の安全性と有効性を確保すべき国と販売元の責任を免罪する不当なものです。このような判決では、薬害の連鎖を断ち切ることは到底できません。

 

 判決は、イレッサには有効性があり副作用は許容範囲であるので、イレッサには有用性があるとしています。しかし、イレッサの有効性を示す全生存期間での延命効果は実証されていません(比較臨床試験成績を精査するとむしろ寿命が短縮することも示唆されます)。
 肺がんのような罹患率の高いがんの治療剤では、有効性は全生存期間(Overall Survival)を指標とした比較臨床試験で延命効果を確認することがゴールドスタンダード(最も信頼できる基準)になっています。イレッサでは多くの比較臨床試験が行われましたが、全生存期間でその有効性を示すことができた臨床試験は、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異例を対象としたものも含め、国際的にひとつもありません。
 米国でイレッサは承認後に比較臨床試験で生存期間延長の有効性を実証することを条件に迅速承認されました。ア社が有効性を実証できなかったため、食品医薬品庁(FDA)は、2005年6月に新たな患者への投与を禁止しました。その後の臨床試験でも生存期間延長が実証されなかったので、FDAは2010年8月にア社に対しイレッサの市場撤去を要求しました。2011年2月、ア社はFDAに対し2011年9月30日をもってイレッサの承認を取り下げ、今後も米国でイレッサの承認を求めることはないと通知しました。2012年4月25日の米国官報がイレッサの承認取り消しを公告しています。日本でも、厚生労働省は承認条件としてイレッサに既存の肺がん治療剤に劣らないことを示す比較臨床試験の実施を指示しましたが、イレッサは非劣性を示すことができていません。

 

 判決ではイレッサと肺傷害との因果関係について、間質性肺炎のみを取り上げ、個々の臨床症例や動物実験の所見について、個別に切り離し評価をしています。しかし、イレッサによる肺傷害は間質性肺炎だけではなく、また因果関係の評価は総合的評価の観点が非常に重要です。薬理作用や動物実験の所見と臨床試験で示された有害事象の照合などが害作用の因果関係を予見する上で重要な意味をもちます。
 イレッサはEGFR(上皮成長因子受容体)阻害剤であるが、EGFRは正常組織の維持、損傷組織の回復に必須のもので、EGFRを先天的にもたないマウスは8日後に多臓器不全で死亡し、呼吸困難と対応して肺虚脱部位ではⅡ型肺胞細胞のサーファクタント産生機能が低下していることが1995年のNature誌で報告されています。イレッサのEGFR阻害の薬理作用、イレッサを実験動物に投与時の肺虚脱を示唆する所見と総合すれば、肺虚脱死、急性呼吸窮迫症候群、間質性肺炎など臨床試験で多く見られた肺傷害による有害事象死が、イレッサによって引き起こされたことが承認時においてすでに合理的に説明可能であったと考えられ、拙速な承認はされるべきではありませんでした。
 承認後に行われた生存期間をエンドポイントとした多数の比較試験で、当初の割り付けが保たれている期間は、イレッサ投与群の死亡率が対照群に比較していずれも高いことが指摘されています(これは遺伝子変異陽性例でも例外ではありません)。承認前の有害事象死の多くがイレッサによるものであったことは、この点からも裏付けられていると考えられます。

 

 以上に見たように、判決がイレッサに有効性、有用性があるとしていることは科学的に正しくありません。

 

 判決は、ア社と国による副作用警告には欠陥がないとしています。因果関係の強弱をことさらに重視し、注意喚起の必要性を否定する今回の判決は、患者の安全を守るためには不確実なリスクに対する「予防原則」に基づく適切な安全対策が欠かせないという、基本的な考え方をないがしろにするものです。国や企業が安全性情報を真摯に受け止め必要な安全対策をとることがいかに重要であるかは、イレッサにおいても緊急安全性情報などの安全対策がとられた後に副作用被害が激減していることにより明らかです。

 

 原告側が直ちに上告を決めたことは当然で、このような判決が確定するなら薬害根絶はおぼつかないものとなります。私たちはがん患者の命を大切にせず、薬害根絶の願いに逆行する今回の判決に強く抗議するとともに、最高裁が科学的で公正な判断をくだすよう心から願うものです。