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分野別 提言・アピール・記事

ディオバン論文不正問題
臨床研究の信頼性回復のため、徹底した再発防止策が講じられることを求めます。

2013年9月14日 新薬学研究者技術者集団

 

 ノバルティスファーマ社のディオバン錠(一般名:バルサルタン)について、わが国の5大学で行われた臨床研究に重大な不正があったことが明らかとなり、社会問題になっています。
 これらの臨床研究は、血圧を下げる効果により「高血圧症」の適応で承認されたディオバンが、脳卒中や狭心症などを予防する効果をもつかどうかを、市販後にランダム化比較試験で調べたものです。しかしPROBE法が用いられ、実薬か対照薬かを知っている研究者による主観的要素の入りやすいソフトエンドポイントが用いられるなど、試験方法自体に問題があります。
 この臨床研究に加わった5大学のうちで、中心的な役割を果たした東京慈恵医科大学の研究(Jikei Heart Study)では、ディオバンは、他の降圧剤と比較して血圧を下げる効果は変わらないが、脳卒中を40%、狭心症を65%、心不全を47%抑制したとされ、京都府立医科大学の研究(Kyoto Heart Study)でも同様の結果であるということでした。  
 Jikei Heart Studyの論文はLancet、Kyoto Heart Studyの論文はEuropean Heart Journal という世界で一流の臨床医学雑誌に掲載されました。しかし、ランダム化割り付けした患者集団の血圧がいずれも3年後にまったく一致した値となっているのは不自然であり、またディオバンの狭心症に対する著しい効果は他のARBの臨床試験や日常診療での経験と一致しないとの指摘が、Lancet誌上に京都大学医学部の研究者からありました。
 これを契機として、その後多くの疑念を受ける中で、先ずKyoto Heart Studyの論文とそのサブグループ解析を報告したCirculation Journalの2編の論文が撤回されました。そして論文の相次ぐ撤回という異例の事態を受けて設置された京都府立医科大学の調査により、カルテ照合などで臨床データを操作する不正があったことが明らかにされました。東京慈恵医科大学の調査でも、カルテのデータと解析に用いられたデータに乖離がみられ、ディオバンが有利になるようデータが改ざんされていることがわかりました。研究代表者は論文を撤回すると表明し、2013年9月6日Lancet誌は論文撤回を公表しました。
 これらの研究は「医師主導臨床研究」として行われましたが、ノバルティスファーマ社は「奨学寄附金」の名目で、東京慈恵医科大学に1億8770万円、京都府立医科大学に3億8170万円、5大学合計で約11億円の寄付をしていました。ノバルティスファーマ社から資金提供されたことを論文で明示していたのは東京慈恵医科大学他1大学で、京都府立医科大学など3大学は記載していませんでした。 この間、ノバルティス社はこれらの臨床研究結果をディオバン錠の販売促進に利用して、この7月までに累計で約1兆2000億円を売り上げています。他のARB製剤と同様にディオバン錠の薬価は高額であり、このため患者負担および国の医療費の増大をもたらしました。
 また一方、東京慈恵医科大学の論文で統計解析担当者と記載のある人物の所属が大阪市立大学と書かれていますが、当大学の非常勤講師ではあったものの、実はノバルティスファーマ社の社員だったことが明らかになっています。
 ノバルティス社は同社のウェブサイトに公表した調査報告書で、意図的な操作や改ざんはなかったとしていますが、同社の社員が5つの医師主導臨床研究に大幅に関与し、その内容は「データの解析や、臨床試験のデザイン、データ割付方法の開発、研究事務、統計解析、及び論文執筆に関与」するものであったと認めています。
 このスキャンダルの真相は、強制的な捜査が出来ない条件下で行われているので、未だその詳細は十分明らかではありませんが、それでも関係者の記者会見などを通じて、企業が組織的に関与し、「医師主導臨床研究」として研究者が行うべき研究の根幹をなす部分が、実は研究者により企業に丸投げされていたという由々しい実態が明らかになりつつあります。

 

 国民の健康と生命を守り、薬学の成果が医療・保健・環境などの分野で正しく生かされるよう活動している立場から、私たちは次のことを求めます。

  1. 本件の問題点および責任の所在を明らかにするため、当事者や当該組織とは独立した第三者調査機関による速やかな解明が求められる。解明にあたっては個人責任の追及に終わらず企業の責任を明確にするとともに、問題の誘因となった医療・医薬品をめぐる癒着構造について検証されることが必要である。
  2. 今回のようなことが起こり、また検証に困難をきたしている根本には、日本では治験には法的規制がありGCPに準拠して行われているが、治験でない臨床研究には法的規制が及ばない制度的な欠陥がある。欧米のように、介入を伴う人を対象とする研究全般を法的規制し制度を整備することが必要である。
  3. 利益相反を避けるためには、重要な臨床試験は企業資金でなく公的な資金で行われることが望ましい。イタリアやスペインでは企業の販促費や売上高の一定の割合を目的税として国庫に集め、患者にとって重要な臨床試験を行う資金として活用している。そうした仕組みが日本で難しいなら、欧米で進められているように、利益相反の管理を強化し、企業の意向で研究結果が歪められないよう保障する仕組みを作ることが急務である。
  4. 臨床研究を、標準業務手順書(SOP)を作成して手順に沿って実施し、必要な記録を残すことは基本中の基本である。今回、データ管理委員会の議事録が残されていないことが報道されているが、信じがたい事態である。治験のみならず臨床研究にもデータ保存義務を課すとともに、これらの臨床試験の手順の徹底をはかる必要がある。
  5. 製薬企業が不当な方法で得た利益については、患者個人の負担と国の医療費増大に対する賠償責任を果たすため、相応の額を国に払い戻すことが求められる。これは国の主導のもとに実行されるべきである。

以上