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妊婦へのエストロゲン製剤の投与は禁止を

プラステロン硫酸ナトリウム製剤(マイリス注,同腟坐剤ほか)ならびにエストリオール製剤(エストリール注,ホーリン注)について改めて訴えます

2002年3月
新薬学研究者技術者集団

 当集団では,妊娠中および授乳中に投与される女性ホルモン剤の安全性確保について,1998年8月,1999年7月の2回にわたり,厚生省(当時)に要望書1,2)を提出してきました。
しかし,現在にいたるも適切な安全対策がとられていません。

 今回,わが国の医療現場において広く行われている妊婦へのエストロゲン製剤の投与について,改めて注意を喚起し,その禁止を訴えるものです。

 欧米では,すべてのエストロゲン製剤が妊婦に対し禁忌となっています。禁忌とは,医療行為のうち,人体に悪い影響を与えるものとして,ある種の薬などを用いないことをいいます。

 米国のFDAは,胎児に対する薬剤の危険度を評価し,すべての薬剤をA,B,C,D,Xの5つのカテゴリーに分類しています(「FDA薬剤胎児危険度分類基準」)3)。 この分類基準においてエストロゲン製剤は,最も危険度の高い「カテゴリーX」に指定されています。「カテゴリーX」に指定されるのは,その薬剤が,「動物 またはヒトでの試験で胎児異常が証明されている場合,あるいはヒトでの使用経験上,胎児への危険性の証拠がある,またはその両方の場合」であり,この薬剤 を妊婦に使用することは,「他のどんな利益と比べても明らかに危険性の方が大きい場合」です。

 英国の医療用医薬品集British National Formulary(BNF)でも,エストロゲン製剤の「禁忌」には,第一に「妊娠」があげられています4)。

 日本でも例えば,欧米から導入されたエストロゲン製剤である経皮吸収剤「エストラダームTTS」の添付文書5)では,「妊 婦,産婦,授乳婦等への投与」の欄に「妊婦または妊娠している可能性がある婦人には投与しないこと[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。卵胞ホ ルモン剤であるジエチルスチルベストロールを妊娠動物あるいは妊婦に投与したとき,出生児に生殖器系臓器の異常が報告されている。エストラジオールのヒト における催奇形性の報告はないが,妊娠動物への投与によって児の生殖器系臓器に異常が起こることが報告されている。ヒトにおいて,妊娠中の女性ホルモン剤 (経口避妊薬等)投与によって児の先天性異常(先天性心臓奇形および四肢欠損症)のリスク増加の報告がある]」と明記されています。

 このような規制方針の背景には,「DESの悲劇」として知られる,合成エストロゲン製剤DES(ジエチルスチルベストロール)による薬害がありま す。DESは,1940年代から1970年代初頭にかけて,米国,カナダ,ヨーロッパ諸国などで,流産防止などを目的として広く使用され,DES投与を受 けた妊婦は米国だけでも500−1,000万人にのぼると推定されています6)。妊娠中にDESの投与を受けた母親から生まれてきた子どもでは,腟・頚部腺癌,腟上皮の変化,子宮の奇形,早産,不妊,子宮外妊娠(以上女児),精巣発育不全,精巣上体嚢胞(以上男児)などさまざまな異常の増加が確認されています7)。とりわけ本来きわめてまれな疾患である腟・頚部腺癌の発生リスクは,DES体内曝露女児では一般公衆に比べて40倍にも増加する8)ことが明らかとなっており,米国において発生が確認された腟・頚部腺癌患者の登録数は1999年現在で700名を超えています9)。

 DES体内曝露女児の腟・頚部腺癌は児が思春期を迎える時期まで顕在化しなかったように,DES曝露による健康被害の多くは遅発性であり,その実態が明らかになるまでに長い時日を要しました。

 米国では,胎内曝露による腟・頚部腺癌患者の発見以来30年以上を経過した現在も,DES被害の実態解明,被害拡大の予防,被害者の支援・救済など多くの分野で,持続的な取り組みが続けられています。

 実験動物では,天然エストロゲンやDESの投与によって癌または前癌的な変化が引き起こされることは,すでに1930年代から繰り返し報告されて おり,一部の研究者はこの事実が示す実際的な意義に注目していました。例えばわが国の高杉らは,エストロゲンを出生直後のマウスに短期間投与すると,のち に腟に癌性の病変が見られることを明らかにし,「出生直後(あるいは胎児期)のホルモン環境の異常を軽視すべきではない。それが後世に異常な腫瘍性変化を もたらす可能性があるから」との警告を発していました10)。しかし,このような警告が医薬品開発と医療の場で生かされることはありませんでした。

 エストロゲン製剤に対する規制は,「妊婦に対し禁忌」ということで,妊娠中の時期や用量などには立ち入っていませんが,これは外来のエストロゲン が内分泌系などに与える影響が多様で,危険時期,用量作用関係の特定が困難なためです。また,この規制は,個々のエストロゲン製剤によって実際にヒトの健 康被害が経験されたかどうかにかかわりなく,DES薬害の教訓に学び,「高度の予防的措置」として確立された規制方針と考えるべきものです。

 しかし,わが国の医療の現場では,下記のような一部のエストロゲン製剤が,今日でも妊婦に多用されている状況があります。

1 エストリオール製剤
エストリオールは,エストロゲンの一種で,日本では1960年代から,「子宮頚管軟化剤」として,妊娠末期に多用されていた薬剤です。欧米では,エスト リオール製剤には当時から「子宮頚管軟化」の適応はありません。日本では1996年に,エストリオール製剤のうち錠剤は,妊婦への適用が禁忌となったにも かかわらず,注射剤は「分娩時の頚管軟化の目的で投与する場合を除く」という除外規定を設けて,妊婦に適用できるようにされました。「頚管軟化剤」として の適用を,わが国で継続させるための措置でした。

 エストリオール製剤は,「エストリール・デポー 10mg」,「ホーリンデポー」,「ホーリン注射液」の3製品があり,これらの内「ホーリン注射液」は「子宮頚管の熟化」のみを適応とする妊婦専用剤です。

2 プラステロン硫酸ナトリウム製剤

 プラステロン硫酸ナトリウム製剤は,わが国のみで「子宮頚管軟化剤」として承認・製品化されている,いわゆる「ローカル・ドラッグ」です(過去の一時期,韓国とパキスタンで販売されていましたが,現在は日本だけで販売されています)。

 プラステロン硫酸ナトリウム製剤には,最初開発された注射剤と,後で剤型追加された腟坐剤があります。注射剤は,エストロゲンの妊婦への適用が世界的に禁忌となるなかで,上記のエストリール注射液を比較対照薬として開発・承認されました。

 プラステロン硫酸ナトリウムは,化学構造上はエストロゲンに分類されませんが,妊婦に投与すると,胎盤に存在する酵素によって代謝され,速やかに エストロゲン(エストラジオール,エストロン)となります。したがって,プラステロン硫酸ナトリウム製剤は,事実上のエストロゲン製剤と見なされます。注 射剤では35%が強力なエストロゲンであるエストラジオールに変換し11),これが母体血液中に急増します。また,胎児にも移行することが確認されています12)。

 注射剤としては,「マイリス注 100mg」「同 200mg」と,その後発品である「注射用アイリストーマー100mg」「同 200mg」「レボスパ注射用 100mg」「同 200mg」の製品が,また腟坐剤としては「マイリス腟坐剤 600mg」の製品があり,いずれも妊婦専用剤です。

 このように,わが国で妊婦に対し用いられているエストロゲン製剤は,いずれも「子宮頚管軟化剤」としての使用です。分娩を準備するため,産道の一 部である子宮頚管は熟化(軟化し伸展性を増すこと)します。この子宮頚管熟化が十分でない場合の熟化促進をはかるのが「子宮頚管軟化剤」です。

 それでは,これらのエストロゲン製剤は「子宮頚管軟化剤」として有効性があるものなのでしょうか。

 欧米では,子宮頚管熟化だけを切り離して治療方針を立てることはなく,引き続く子宮収縮,分娩と一体のものとしてとらえ,24時間以内の分娩誘発促進を目標として,頚管が未熟で経腟分娩に支障を来たす症例では,局所用プロスタグランジン製剤が用いられています。

 エストロゲン製剤については,EBM(根拠に基づいた医療)を推進する英国のコクラン共同体が,「頚管熟化のためのエストロゲン投与は,理論的に は,子宮の収縮性に何の影響も及ぼさずに頚管を熟化させる。しかし,さまざまなエストロゲン製剤での対照試験では,有益な効果は得られていない」と結論し ています13)。

 わが国においても,エストリオール製剤については,プラステロン硫酸ナトリウム注射剤開発時の臨床試験で,比較対照薬としてエストリオール注射剤が置かれたのですが,エストリオール注射剤は効果がなく,プラセボと何ら変わらない結果でした14)。

 比較的最近に開発されたプラステロン硫酸ナトリウム腟坐剤は,同注射剤と効果が同等ということで承認されていますが,比較対照薬とされたプラステロン硫酸ナトリウム注射剤自体も,以下に見るように,その効果は実証されていません。

 医薬品開発時の臨床試験では,通常は患者すなわち子宮頚管熟化不全の妊婦で投与方法や至適用量を決めてから第3相の比較臨床試験に進みます。しか し,プラステロン硫酸ナトリウム注射剤では,用量検討試験を含めいずれもその投与対象は正常妊婦であり,承認前の臨床試験論文で患者を対象にしようとした 意図が伺えるのは,エストリオール,プラセボとの3群比較試験14)しか見あたりません。本剤の添付文書15)にも,臨床効果として,「妊娠末期子宮頚管熟化不全の妊婦に投与した本剤の有効率は86.3%(400例中345例)」との記載がありますが,そこで引用されている文献を読めば,この成績はすべて正常妊婦を対象に投与して得られたものであることが分かります。

 3群比較試験14)での対象は「妊娠38週0〜4日の初妊婦で頚熟化度Bishop score 4点以下で,かつ妊娠の経過が順調なもの」となっています。この規定自体,「頚熟化度Bishop score 何点以下」と「妊娠の経過が順調」が矛盾していることにも示されるように,頚熟化度から見て子宮頚管熟化不全患者を対象としたものとはいえません。またこ の3群比較試験では,効果の指標となるエンドポイントとして「頚管熟化効果」「分娩開始促進効果」「分娩経過への効果」「有効性総合効果」が用いられてい ますが,妥当なものとはいえません。頚管熟化促進の本来の目的は,周産期障害の予防にあるわけですから,エンドポイントとしては国際的に標準となっている 「周産期障害の減少」を用いるべきです。さらに試験の結果に関しては,上記の指標で効果があったとしていますが,経過観察中に分娩に至ったものは頚熟化が 完成されたものと見なし満点の13点を与える一方で,帝王切開に至ったものは無効例として扱うのではなく,集計から除外するなど,症例の扱いにも問題があ ります。

 なお,プラステロン硫酸ナトリウム注射剤の臨床試験では新生児切迫仮死の増加傾向が見られますが,これは動物実験で見られた周産期死亡率の増加とよく符合するなど,本剤によってかえって周産期障害が増加する危険性があることが指摘されています16,17)。

 このように有効性が示されず,リスクのあるエストロゲン剤であるプラステロン硫酸ナトリウム製剤やエストリオール製剤が妊婦に投与されているのです。しかも,プラステロン硫酸ナトリウム製剤が開発時の臨床試験で,「分娩の自然経過改善を目的として」18)正常妊婦に投与されていたことと軌を一にして,実際の医療の現場でも,正常妊婦に対する出産管理の一環として,引き続き用いられる分娩誘発剤とセットで,ルーチン(日常的)に多用されているのです(注)。

 私たちは,「妊婦へのエストロゲン製剤の投与は禁止を」と,改めて強く訴えるものです。

注:IMS統計によると,2001年1〜12月に,マイリス注射剤は353,160本(保険薬価ベースで6億円余),マイリス腟坐剤は270,860本(同7億円余)が用いられている

文 献

1) 新薬学研究者技術者集団:妊娠中及び授乳中に投与される女性ホルモン剤の安全性確保についての要望書,1998年8月.

2) 新薬学研究者技術者集団:妊娠中及び授乳中に投与される女性ホルモン剤の問題 とりわけ多用される「プラステロン硫酸ナトリウム製剤(マイリス注・腟坐剤)」についての要望書,1999年7月.

3) Federal Register 44, 37434-37467 (1980).

4) BNF39,英国医師会・薬剤師会 (2000).

5) 医薬品情報提供システム [http://www.pharmasys.gr.jp/].

6) Noller K. L., Fish C. R.: Diethylstilbestrol usage: its interesting past, important present, and questionable future. Med. Clin. North Am. 58, 739-810 (1974).

7) Giusti R. M., Iwamoto K., Hatch E. E.: Diethylstilbestrol revisited: a review of the long-term health effects. Ann. Intern. Med. 122, 778-788 (1995).

8) Hatch E. E., Palmer J. R., Titus-Ernstoff L., Noller K. L., Kaufman R. H., Mittendorf R., Robboy S. J., Hyer M., Cowan C. M., Adam E., Colton T., Hartge P., Hoover R. N.: Cancer risk in women exposed to diethylstilbestrol in utero. JAMA 280, 630-634 (1998).

9) DES Research Update 1999: Current Knowledge, Future Directions. Epidemiology Research Overview. [http://osp.nci.gov/wealth/DES/chapter3.html].

10) Takasugi N., Bern H. A.: Tissue changes in mice with persistent vaginal cornification induced by early postnatal treatment with estrogen. J. Natl. Cancer Inst. 33, 855-865 (1964).

11) Madden J. D., Siiteri P. K., MacDonald P. C., Gant N. F.: The pattern and rates of metabolism of maternal plasma dehydroepiandrosterone sulfate in human pregnancy. Am. J. Obstet. Gynecol. 125, 915-920 (1976).

12) 矢内原巧:分娩発来時期の胎児・胎盤・母体系ホルモンの動態,日本産科婦人科学会雑誌, 34,1138-1147 (1982).

13) Enkin M., Keirse M. J. N. C.;Renfrew M., Neilson, J.:A Guide to Effective Care in Pregnancy and Childbirth, Second Edition, Oxford University Press (1995).[邦訳/マレー・エンキンほか(著),北井啓勝(監訳):妊娠・出産ケアガイド─安全で有効な産科管理,医学書院MYW (1997)].

14) 小林隆,中山徹也,東條伸平,荒木日出之助,望月眞人,橘直矢:Dehydroepiandro-sterone Sulfateの子宮頚管熟化効果の臨床的検討.安息香酸二酢酸エストリオール,プラセボとの3群比較二重盲検試験の報告,産婦人科の世界 31,779-794 (1979).

15) 医薬品情報提供システム [http://www.pharmasys.gr.jp/].

16) 浜六郎,八重ゆかり:プラステロン硫酸ナトリウム(マイリス)その有効性と安全性(危険性)に関する研究(1),正しい治療と薬の情報(TIP誌) 14,137-143 (1999).

17) 浜六郎,八重ゆかり:プラステロン硫酸ナトリウム(マイリス)その有効性と安全性(危険性)に関する研究(2),正しい治療と薬の情報(TIP誌) 15,11-17 (2000).

18) 小林隆,中山徹也,東條伸平,鈴木雅洲: Dehydroepiandrosterone Sulfateの妊娠末期子宮頚成熟,子宮筋のoxytocin感受性並びに分娩経過に及ぼす影響について−二重盲検法による検討,産婦人科の実際, 26,365-375(1977).