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分野別 提言・アピール・記事

平成11年7月31日

 厚生大臣 宮下 創平 殿

新薬学研究者技術者集団

代表 早川 浩司

 

妊娠中及び投乳中に投与される女性ホルモン剤の問題
とりわけ、多用される「プラステロン硫酸ナトリウム製剤(マイリス注・膣坐剤)」についての要望書

 私たちは、厚生省に昨年8月19日付で「妊娠中及び投乳中に投与される女性ホルモン剤の安全性確保についての要望書」を提出しました。しかし、遺憾ながら今日に至るまで、貴省はなんら有効な対策をとっていません。

 今回、私たちはこれら女性ホルモン剤の中でも、際だって多用されている「プラステロン硫酸ナトリウム製剤(マイリス注・膣坐剤)」に絞って、再度要望書を提出致しますので、国民の健康を守るべき厚生省として、今度こそ有効な対策をとられますよう、強く要望致します。

要望内容

1.本剤の内分泌撹乱作用の観点からみた安全性について・発生内分泌学などの専門家を含め、検討すること。

2.本剤の製造販売企業に、動物実験での安全性、有効怯について実証させること。

3.本剤の製造販売企業に、子宮頸管熟化不全に対する有効性がこれまでの臨床データで示しえているという根拠を要求し、その内容について厳密に評価すること。ただし、新たな臨床試験は1. 2. で安全面での懸念が解消されなければ、行ってはならない。

4.1. 2. 3. により、本剤の安全性、有効性が明らかになるまで、本剤の製造、販売を一時休止させること。

「要望事項に対する説明資料」

はじめに

 今回提起した安全性問題は、妊娠中に投与される他の女性ホルモン剤にも共通しますが、今回は最も多用されている「プラステロン硫酸ナトリウム製剤 (マイリス注・膣坐剤)」に絞って、現時点での見解と要望内容をまとめました。プラステロン硫酸ナトリウム製剤(マイリス注・膣坐剤)本剤は「子宮頸管熟 化剤として開発され、その適応は「妊娠末期子宮頸管熟化不全(子宮口開大不全、頸部展退不全、頸部軟化不全)における熟化の促進」です。子宮頸管は子宮下 端の円柱状の部分で、妊娠中は堅く安定している必要がありますが、分娩時には産道となり、軟化・開大する必要があります。これには頚管部位のコラーゲンや グリコサミノグリカンの分解、保水性に富むヒアルロン酸の増加などが関与しています。この分娩に必要な頸管の変化が不十分で、分娩に支持をきたす妊婦に用 いるのが「子宮頸管熟化剤」です。

 成分のプラステロン硫酸ナトリウムは、慣用名をDehydroepiandrosterone sulfate(DHA−S)といい、「副腎アンドロゲン」などと表記される副腎から分泌されるステロイド骨格をもつホルモンです。アンドロゲンとあるよ うに、構造的には男性ホルモンですが、生体内で容易にエストロゲン(女性ホルモン)に変換されるなどから、女性ホルモン剤の範囲に含めて扱っています。

「奪われし未来」と内分泌撹乱化学物質問題

 シーア・コルポーン他の著作「奪われし未来」が話題を呼んだことなどを契機として、内分泌撹乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)に対する関心が高 まっています。 環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)の大半が女性ホルモン様の作用を持ち、胎児や乳幼児の時期にこれに曝された時に、成長後に生殖機能や 脳機能などにあらわれてくる影響が問題となっています。妊娠中に投与される女性ホルモン剤は、女性ホルモンそのものであり、ホルモン様用が格段に強いのみ ならず、生体内に大量に確実に入ります。 外来の化学物質による内分泌系への影響によって、現実にヒトに重大な健康障害が発生した事例として良く知られて いるのが、流産防止などに医薬品として用いられた合成女性ホルモンであるジエチルスチルベストロール(DES)による悲劇です。 アメリカや中南米諸国で 五百万人に上るといわれる妊婦への投与によって、生まれてきた子どもに、女の子の場合には腟癌、子宮の奇形、男の子では精巣癌、精子数減少などの異常が多 発しました。 これらの被害が明らかになるには、時日を要しました。それは胎児への影響は遅効性で、胎児が思春期を迎える以降にならないと表面化しなかっ たからです。 DESの悲劇が明らかとなる10年前に、我が国では高杉らにより、女性ホルモンを出生直後のマウスに一過性に与えたときに、主要や生殖機 能、免疫機能などにたいする持続性の不可逆反応が起こることから、胎児に対する女性ホルモンの作用は重大な結果を招くおそれのあることが警告されていまし た。 このDESの悲劇(薬害)の本質は女性ホルモンによる作用で、DES以外の女性ホルモン剤でも起こりうるものです。

妊娠中の女性ホルモン剤投与への規制

 DESの苦い経験を受け、欧米先進国では70一80年代に、天然または合成のエストロゲンはすべて妊婦には禁忌となっています。最近承認されたエ ストラジオールを成分とする経皮吸収製剤エストラダームTTSでも、妊婦・授乳婦ともに禁忌となっています。 胎児や乳幼児の時期に女性ホルモンに曝され た時に児が受ける影響は、成長後性ホルモンが存在した時だけにみられるような可逆的反応と異なり、特別の期間(臨界期)に一過性の女性ホルモンに曝された 時に示される持続的変化(不可逆的反応)が問題となります。エストロゲンを含む製剤がすべて妊婦には禁忌となり、また授乳婦も含めて禁忌となっていること は、影響を受ける細胞などによりそれぞれ臨界期が異なり、危険時期の特定が困難で、胎児にとって安全といえる時期はないことが反映されています。また併せ て大量の外来ホルモンの母体に対する否定的な影響も考慮されていると考えられます。 日本においても、この女性ホルモンを含有するエストラダームTTS発 売(1995)を契機として、1996年の添付文書改訂で女性ホルモン剤の多くは「妊娠または妊娠している可能性のある婦人」への投与が禁忌となりました が、一部の女性ホルモン剤は禁忌とならないままに経過しています。

 そのひとつが、エストリオールの注射剤です。エストリオールの錠剤は妊婦への投与が禁忌となったのに、注射剤は「分娩時の頸管軟化の目的で投与す る場合を除く」との例外規定を設けて妊婦への投与を可能としました。 そしてこのエストリオールの注射剤を対照薬として、子宮頚管熟化専用剤プラステロン 硫酸ナトリウム注射剤(マイリス注・カネボウ薬品、最近日本オルガノンに委譲)が開発されました。更には妊婦自身による自宅投薬を可能とする膣坐剤が剤型 追加されています。 このプラステロン硫酸ナトリウム(マイリス)は、世界中で日本のみで承認、使用されているいわゆるローカル・ドラッグで、アメリカの FDAには受理されなかった経緯があります。 開発に際し、対照薬とされたエストリオール剤は、欧米では子宮頸管軟化剤としての適応はなく、妊婦には禁忌 となっています。比較臨床試験では、エストリオール剤の有効性が確立されているとは言い難いので、プラセボ群も設けたとしています。案の定エストリオール 剤は有効性のない成績がえられました。本剤は有効性においてプラセボには優ったとして製造承認されました。しかし、対照薬のエストリオール注射剤の妊婦投 与を例外規定を設けてまで可能としたのは、勿論その有効性があってのものなのです。エストリオール剤に有効性がなければ、妊婦を対象に比較臨床試験を組む 根拠が崩れ、本剤がプラセボに優ったからいいというものではありません。

妊娠後期にホルモン剤を投与した時の胎児への影響

 医薬品の妊婦への投与が、胎児に日に見える形で衝撃的な影響を与えることが明らかとなったサリドマイド薬害事件以来、妊娠前期の器官形成期と呼ば れる時期における医薬品投与には、慎重な配慮がなされるようになりました。 しかし、研究が進むとともに、よりミクロなレベルでの影響、目に見えない機能 的な影響にも中医が向くようになり、それとともに授乳を通じての児への影響をも含む、発達途上の妊娠後期胎児・新生児への影響が注意されるようになってき ています。 先にあげた女性ホルモン(エストラジオール)含有の新薬である経皮吸収製剤エストラタームTTSでは、妊婦・授乳婦ともに禁忌となっているこ とが、このことを良く表しています。

 内分泌撹乱物質で問題となっているのは、一過性の女性ホルモンあるいは女性ホルモン様物質が、発達途上の生体の生殖系、免疫系、脳などに与える決 定的な不可逆的変化です。それらの不可逆的変化は、臨界期と呼ばれる感受性の亢進する特定の時期に起こりやすいのは確かなのですが、その時期は影響を受け る細胞によって異なり、また臨界期が比較的長期に渡る場合もあります。 動物実験で、外部からエストロゲンを投与されると、細精管内で精子の産出を調節す るセルトリ細胞の増殖が抑制され、成長後精子数が減少してきます。セルトリ細胞はヒトでも、胎児期から思春期まで増殖を続けていると考えられるため、同様 のことがヒトへの妊娠後期投与でも起こりえます。 また、最近では、脳の発達の面で妊娠後期が注目されています。ヒトの脳が様々な機能を持つようになるの は、胎児末期から乳幼児期の期間とされています。とりわけ胎児末期から乳児期前半までは、血液脳関門がないか未発達のため、母体の血液や母乳を通じてあら ゆる物質が脳内に入り、脳に存在するホルモン受容体をはじめ、多様な受容体に作用することが指摘されています。この時期における障害は、脳の形態的な異常 ではなく機能異常として表れ、行動異常とも呼ばれます。以前から言われていた微細脳機能障害がこれに当てはまり、最近ではADHD(注意欠陥多動障害)が 問題となっています。このような脳機能の撹乱を起こす物質として、内分泌撹乱物質の一部が明らかになっています。

プラステロン硫酸ナトリウム(DHA−S)

 DHA−Sは、ヒト血液中でもっとも濃度の高いホルモンですが、その働きなどについてはまだよくわかっていません。最近では老化を防ぐ働きが注目 されています。 DHA−Sは、胎児の副腎から分泌され、胎盤でその一部はエストリオール(E3)に変換され、妊娠尿中に排泄されます。このことから DHA−Sを妊婦に負荷し、尿中のエストリオール(E3)を測定することが、胎盤機能検査法として応用されています。その検査の際に頸管熟化が観察された ことが、子宮頸管熟化剤マイルスの開発意図とされています。 このようにDHA−Sは、生体内にも存在する天然ホルモンではありますが、生体内に存在する 物質といえども、外から大量に与えれば生体の処理能力を超え、胎児や母体に有害な影響を与える可能性を有することは勿論です。また、女性ホルモンの内分泌 撹乱作用においては、内在性のホルモンによってすでに閾値を超えているため、閾値という考え方を適用できなく、さらには逆U字型用量反応性が存在し、少量 でも危険性を有することが指摘されています。

 妊婦に静脈投与されたDHA−S(200mg、1バイアル分)は、胎盤で変換され、約35%が強力な女性ホルモンであるエストラジオールになります。そして女性木ルモンとして胎盤から胎児へ大量に移行することがわかっています。膣坐剤(1個中DHA−S 600mg)として局所剤投与された増合でも、血中濃度からみて注射剤の約10分の1の移行が推定され、注射よりは少ないというだけで、やはり大量の女性ホルモンが胎児に移行することには変わりありません。

マイリスの動物実験での問題点

 マイリスの単回・反復投与毒性試験、生殖毒性試験は、ラット・マウス・イヌ・ウサギを用いて行われています。しかし、これら霊長類でない動物で は、DHA−Sは分泌されていず、代謝経路が異なり、ヒトで投与後に大量に産生される17β−エストラジオールが産生されるかどうかも明らかではありませ ん。ヒトと代謝の類似したサルでの検討が必要です。 生殖毒性の試験結果では、ラット、マウスを用いた器官形成期投与試験(妊娠初期)において、マウスで は10mg/kg以上、ラットでは50mg/kg以上の用量で胎仔致死件用が認められたことから、本剤の「使用上の注意」の「妊婦への投与」において、 「妊娠初期に投与しないこと」と記載されています。しかし、ウサギを用いた妊娠末期投与試験では、8mg/kgという低用量(ヒト臨床用量の約2倍量) で、マウスの10mg/kg投与群より胎仔致死律が高くなっていますが、用量依存性がないとして切り捨てています。本剤は妊婦専用の薬剤で、妊娠末期に投 与されます。妊娠末期投与の生殖に関与する毒性についての徹底した検討が必要です。 薬効薬理試験では、本剤は後に記しますように初産婦に多用されていま すが、未経産サルに5mg/kg(ヒト臨床量よりわずかに多い)投与で、殆ど子宮頸管熟化がみられていません。

欧米における子宮頚管熟化不全の薬物治療

 本剤は日本だけで販売、使用されているいわゆるローカル・ドラッグなので、本剤が存在しない欧米先進国では子宮頸管熟化不全の薬物治療をどうして いるか、調べました。 欧米では、子宮頸管熟化だけを切り離したものはなく、引き続く子宮収縮、分娩と一体のものとしてとらえ、24時間以内の分娩誘発促 進を目標としています。対象は、妊娠中毒証で胎児の発育遅延が予測される場合や、遅延妊娠、それに子宮頸管の熟化自体の遅れが顕著で分娩に支障をきたす症 例などです。 自然分娩でなく、計画的分娩(分娩誘発または計画的帝王切開)をする必要があるかどうかの医学的判断が重視され、これに併せて分娩の方法が 選択されます。そして分娩誘発にょる経度分娩が計画されれば、頸管の熟化状態が最も重要な要素となり、頸管が未熟な場合に限って、熟化剤の適用が考えられ ています。

 臨床論文などから、熟化剤の投与を行う基準は、妊娠37−42週で、24時間以内に分娩誘発を行う必要があり、かつ頸管成熟度の指標である Bishop数(頚管開大度、展退度・児頭の位置、頸部の硬さ、子宮口の位置の5因子について点数化、満点は13点)が3−4点以下の妊婦となっていま す。このような妊婦の数は当然として限られており、その際の熟化剤としてはプロスタグランジンE2局所剤が使用されています。 なお、後で日本でのマイリ スの正常な産婦への不適正な使用について記載しますが、日本でも、上記のような症状で24時間以内に分娩誘発が必要な場合は、マイリスでは速効性が期待で きないため プロスタグランジンが用いられていると思われます。

イギリスのコクラン共同体による無作為対照試験を集成した産科臨床の治療指針(邦訳「妊娠・出産ケアガイド 安全で有効な産科管理」医学書院 MYW)では、「確実な根拠がなければ分娩のために人工的な頸管熟化をすべきでない」とした上で、それが必要とされる際の方法として、「今のところ、プロ スタグランジンだけがある程度までは分娩誘発の目的に近づいている。プロスタグランジン(E2ゲル剤)使用は、分娩誘発の失敗が少なく・遅延分娩を減少さ せ、しかも、経膣分娩率を増す。児に与える影響については、いまだに確実な結論を出す十分なデータはない」と記載されています。 なお、プロスタグランジ ンE2についても、日本では不適切な使用法で、子宮破裂などの被害が多発するなど、問題となっています。

 そしてこれでいいのかという日本の現状が

 もともと熟化剤適用の対象となる子宮頸管熟化不全例は、妊婦のごく一部に過ぎません。それが初産婦に的をしぼった製品開発と販売促進により、プラ ステロン硫酸ナトリウムの注射剤・坐剤は、日本の妊婦のうち、初産婦では3人に1人以上に使われ、年間20万人余りに多用されているといわれています。日 本にはドイツのように、公的な処方箋統計がありません。民間のIMS医療統計では、昨年度のマイリス売上高は保険薬価べ一スで、100mg注101.9、 200mg中1226.2、腟坐剤1313.4百万円です。これを保険薬価で割ると年間使用量は順に、10万、62万、46万個となり、用法を勘案して、 この数字は上記と矛盾するものではないと思われます。 これだけ多用されている原因としては、メーカーの販売戦略とともに、多くの産科医たちが本剤の安全 性に危惧をもたず、熟化不全患者に限らず初産婦など広範な妊婦に対し、ルーチン的に使用している現実があります。 ちなみに、今年にはいってから発行され た国内の産婦人科専門雑誌6誌をチェックした結果は、個体の生殖・発生・成長に及ぽす影響が問題になっているだけに、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質) に対する関心は高く、特集やシリーズで扱われています。これらのなかで妊婦が流産防止剤として混用したDESの生殖に対する不可逆的な影響も勿論でてきま す。DHA-S(マイリス)については、予想されたことです、・環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)の問題を扱ったと同じ専門誌に、それらと全く無関係に 論文が掲載され、そのいずれも事実上広範な妊婦にルーチン的に使用することを勧める内容となっています。

 これらは、「奪われた未来」の中での、「DESは、流産の予防薬として処方されただけでなく、快適な妊娠期を補償する『妊婦必携薬』とのお墨付きを得ることになった。生理機能を改善するビタミンのように考えられていたのである」との記載をも、想定させるものです。
環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)がこれだけ問題こなっている今日、私たち国民の健康を守る薬学研究者技術者として、黙過できない本剤の現状であると考えます。

 なお、本剤がその適用や用法用量を無視して乱用されていることについては、内分泌撹乱作用を問題にしている私たちとは観点が異なりますが、本剤投与例でのショック発現を契機に、「陣痛促進剤による被害を考える会」が問題とされ、厚生省との交渉ももたれています。

 マイリスの有効性は実証されていない

 マイリスの治験論文でも、その有効性には大きな疑問があります。 比較的最近のマイリス膣坐剤は、マイリス法と比較臨床試験を行い、同等の成績で 承認されています。従って、もとになるマイリス注の治験論文を検討しました。 驚くのは、普通なら患者すなわち子宮頸管熟化不全の妊婦で投与方法や至適用 量を決めてから第3相の比較臨床試験に進むのですが、用量検討試験を含めいずれもその投与対象は正常妊婦であり、承認前の臨床試験論文で患者を対象にしよ うとしたのは、エリスリト−ル、プラセポとの3群比較しか見あたらないことです。

マイリス注の添付文書には、臨床効果として、妊娠末期子宮頸管熟化不全の妊婦に投与した本剤の有効率は86.3%(400例中345例)との記載が ありますが、これも全くウソで、引用されている文献を読めばすべて正常妊婦を対象に投与されたものです。正確な情報提供べき添付文書がこれでは全く困った ものです。これについては、主論文のひとつでDHA-Sの妊娠末期子宮頸成熟、子宮筋のオキシトシン感受性ならびに分娩経過に及ぽす影響こついて、二重盲 検法で検討した研究班の論文が、「分娩に際し、子宮頸を成熟させることおよび子宮筋のオキシトシンに対する感受性を高めることは、分娩の自然の経過をより 改善することであり、産科学にとってこのような薬剤開発が待ち望まれてきた」とも「今回われわれは自然経過改善を目的とするDHA-Sの分娩に対する作用 を(検討した)」とも正されています。このことは本剤の臨床開発がきちんとした手順を踏んでいないことを示すとともに、本剤が(「本化学物質」というべき か)市販後、多くの正常初産婦に安易に使われるに至る産科医たちの発想背景をもよく示しています。

 その3群比較試験ですが、対象は「妊娠38週0-4日の初妊婦で頸熟化度Bishop score 4点以下で、かつ妊娠の経過が順調なもの」となっています。この規定自体「頸熟化度Bishop score 何点以下」と「妊娠の経過が順調」が矛盾しています。投与法はダブルダミー法で、DHA-Sまたはそのプフセボは1回100mg静注、安息香酸二酢酸エス トリオールまたはそのブラセボは1回5mg中を筋注、投与開始は妊娠38週0-4日とし、妊娠38、39、40週およびおのおの週2回投与されています。 そして、結果は多重比較で、頸熟化度、総合評価、有用性評価のいずれでも、エストリオールとプラセポの間に有意差がなく、DHA-Sはこれらに有意に優る ということで、DHA-Sが承認されています。ここで、承認された用法用量が、妊娠38週から投与でなく37週から投与となっているのも、極めて疑問で す。 本剤は子宮頸管熟化剤なので、頸熟化度すなわちBishop scoreの動きについて、詳しくみてみたいと思います。まず添付の図(1)に示すように、経過観察中に分娩に至ったものは、頸熟化が完成されたものとみ なし満点の13点を与えるとしながら、帝王切開に至ったものはその時点から集計から除外しています。熟化を完成させ経腟分娩を目標としているのですから、 帝切例は除外でなく無効と扱うべきです。投与開始前のプラセボ群の点数の低さが、有意差はないものの気になりますが、それについてはおくとして、41週と いう分娩の時期では、プラセボ群の点数が2.35+8.03=10.38と10点を超しているのがわかります。先にあげたように、欧米では出産を前にして 頸管熟化不全で薬物治療の対象となるのは、3−4点以下の場合で、オキシトシン誘導を考慮し対象を広げた場合でも、5一7点止まりです。 すなわち、この 比較臨床試験の被験者も頸管熟化不全患者とは言い難く、結局マイリスの頸管熟化不全に対する有効性は何ら実証されていないのです。 なお、本剤は初産婦を 標的として多用されており、比較試験の被験者も初産婦に絞られていますが、図(2)(先にあげた研究班論文から引用)にみるように、初産婦では薬効がみら れず、経産婦で薬効がみられたなどこれと矛盾したデータも目につき、本剤の有用性は極めて疑わしいものです。

結論

有効性が実証されていなく危険性のある性ホルモン剤を、今行われているように多くの初産婦に何度も投与する必要などないことは明らかです。私たちは次のことを求めます。

1.本剤の内分泌撹乱作用の観点からみた安全性について・発生内分泌学などの専門家を含め、検討すること。

2.本剤の製造販売企業に、動物実験での安全性、有効怯について実証させること。

3.本剤の製造販売企業に、子宮頸管熟化不全に対する有効性がこれまでの臨床データで示しえているという根  拠を要求し、その内容について厳密に評価すること。ただし、新たな臨床試験は1.2.で安全面での懸念が解  消されなければ、行ってはならない。

4.1. 2. 3. により、本剤の安全性、有効性が明らかになるまで、本剤の製造、販売を一時休止させること              以上

 

図1 頸熟化度 Bishop scoreの変化 (mean ± S. E.)

  産婦人科の世界 31, 779-793 (1979)

DHA-Sの子宮頸管熟化効果の臨床的検討(エリスリトール、プラセボとの3群比較)

1) Bishop scoreの変化:経過観察中に分娩に至ったものは頸熟化が完成されたものと見なし Bishop score 13点(満点)を与えた。ただし帝切例は判定不能としてその時点より集計から除外した。投与開始前のscoreはDHA-S群2.60±0.12、E3投与群 2.63±0.28、プラセボ群2.35±0.13で3群間に差はない。各群の投与前値(初期値)に比べた投与後のBishop scoreの上昇点数(変化量)を図1に示す。

 

図2 薬効別にみた頸成熟度 Bishop Score上昇点数の比較 初・経産別

初産婦ではプラセボと差がない!

産婦人科の実際 26, 365-.75 (1977)

DHA-Sの妊娠末期子宮頸成熟、子宮筋のoxytocin感受性並びに分娩経過に及ぼす影響−二重盲検法による検討

初経産別の検討では、初産婦には有意の差は認めなかったが、経産婦ではDHA-S投与後1日目に頸成熟度促進効果を認めた。このことはまた本剤の薬効発揮にはある程度自然の頸成熟状態が必要であって、極端な頸未熟例にこの程度の薬剤投与量では無効であるか、また効果が遅れるのではないかと推測された。