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分野別 提言・アピール・記事

厚生大臣  宮下 創平 殿

平成10年8月19日

新薬学研究者技術者集団代表  藤竿 伊知郎

 

 妊娠中及び授乳中に投与される女性ホルモン剤の安全性確保についての要望書

 最近、内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)の人や野生動物に及ぼす影響が、学術的にも社会的にも大きな関心を集めている。
環境ホルモンが生体に及ぼす影響については多くの可能性が指摘されているが、これらの可能性の中で特に重視する必要があるのは、環境ホルモン、とりわけ エストロゲン作用をかく乱する化学物質は、胎児期や乳幼児期の暴露が、他の時期の暴露に比べて、いっそう顕著な影響をもたらすおそれがあり、しかもその影 響が生殖機能障害、癌などの形をとって、成長後の遅い時期にも現れる可能性があることである。
このことと関連して、私たちは、医薬品として使用されている女性ホルモン剤の安全性についても、世代を越えた長期的な影響の発生を未然に防ぐ観点からの、慎重な再検討が必要となっていると考える。
いうまでもなく、医薬品として使用される女性ホルモン剤は、今日、環境ホルモンとして問題となっている多くの化学物質に比べて、はるかに強いホルモン (内分泌かく乱)活性をもっている。また、量的にみても、女性ホルモン剤の臨床的用量は、推定される環境ホルモンの暴露量をはるかに超えるものと考えられ る。このことからしても、医薬品としての女性ホルモン剤の安全性を確保するための緊急な対策が必要と考え、さし当たり次の諸点に関して、貴省が適切な措置 をとられるよう要望する。




1.現在、承認されているすべての女性ホルモン剤について、妊婦への投与を禁忌とすること。また、授乳期間中にやむを得ず女性ホルモン剤を投与する場合は、授乳を行わせないよう警告文をつけること。

2.現在、妊娠後期~末期に子宮頚管熟化剤として多用されているプラステロン硫酸ナトリウムについて、内分泌かく乱物質の観点から、安全性の再評価を行うこと。 

3.過去に、妊娠中に女性ホルモン剤の投与を受けた母親からの出生児について、女性ホルモン剤暴露の影響を明らかにするための調査を行うこと。       

4.母子健康手帳に、妊娠中に投与された薬剤について記入する項目を設けること。

要望事項に関する資料

1の件
女性ホルモン剤による、経胎盤あるいは経母乳暴露を受けた胎児あるいは乳幼児の成人後までの健康に及ぼす影響が確実に解明されていない現状では、妊娠中 および授乳期間中の女性ホルモン剤の使用は避けるべきである。1996年の添付文書改訂で、女性ホルモン剤の多くは「妊婦または妊娠している可能性のある 婦人」への投与が禁忌となったが、一部の女性ホルモン剤では禁忌となっておらず、また禁忌への除外規定を設け、妊婦への使用を認めているものがある。 例 えば、わが国で、分娩時の子宮頚管軟化剤としての適応のあるエストリオール
系製剤の注射剤(エストリオール、プロピオン酸エストリオール、安息香酸酢酸エストリオール)は、アメリカでは錠剤、注射剤のいずれも発売されておらず、 イギリス、ドイツ、フランス、オランダでは錠剤のみが発売されているが、当然妊婦への適応はない。しかしわが国では、1996年5月から、錠剤は妊婦への 投与が禁忌となったにもかかわらず、注射剤には「分娩時の頚管軟化の目的で投与する場合を除く」として、妊婦に対する適応項目を残している。 また、切迫 流早産、習慣性流早産治療剤としての黄体ホルモン系製剤の注射剤または錠剤(プロゲステロン、カプロン酸ヒドロキシプロゲステロン、ジドロゲステロン、酢 酸メドロキシプロゲステロン、ジメチステロン、アリルエストレノール)は、その有効性に関して否定的な報告が多いうえに、外性器の奇形などを生じるため、 ほとんど使用されていないが、一部の産科医では未だに使用されている。 同様の目的で、わが国で使用されている胎盤性性腺刺激ホルモン剤(HCG)は、海 外では切迫流産、習慣性流産に適応がなく、妊婦には使用されていない。

2の件
プラステロン硫酸ナトリウム製剤は、子宮頚管熟化剤としてだけの適応をもち、わが国でのみ発売されている副腎皮質ホルモン剤である。体内で代謝され、注 射剤は大半が、坐剤では一部が女性ホルモンとなって作用を現すことから、事実上の女性ホルモン剤とみなすことができる。従って、その適応については上記の エストリオール系製剤と同等な扱いが必要と思われる。このような観点から、本剤についても、安全性の再評価が必要である。

3の件
アメリカでは1970年代以降、妊娠中に投与されたジエチルスチルベストロール(DES)が、次世代に生殖器がんなどの重篤な影響を及ぼすことが明らか にされてきた。DESに関しては、日本でも1950~60年代の「産科学」の教科書に、本剤が流産の予防薬として記載されおり、当然使用されていたものと 考えられる。しかし、DESの障害作用が報告された時点で、わが国おけるDES使用の実態とその影響に関する調査が行われなかったために、日本ではDES による被害はなかったものとされている。 わが国では、流産の予防および治療のために、DES以外にも、1950~60年代には、黄体ホルモン製剤または 黄体ホルモンと卵胞ホルモンの混合剤が使用され、1970~80
年代には、黄体ホルモン製剤とHCG製剤が多く使用されてきた。 また、子宮頚管軟化の目的では、1960~70年代にエストリオール系製剤(錠剤および 注射剤)が妊娠後期(第38週~)から出産直前まで、初産婦に頻用されていた。特に、エストリオール系製剤の錠剤には、分娩時の子宮頚管軟化の適応がない にもかかわらず(注射剤には適応あり)、メーカーは「注射剤に較べて使い易い」と適応外使用を産科医に薦めていた事実がある。 さらに、1981年以後 は、プラステロン硫酸ナトリウムの注射剤が子宮頚管熟化剤として妊娠後期~末期に使用され始め、その使用は現在にまで及んでいる。 このような実態をふま えると、妊娠中に女性ホルモン剤の投与を受けた母親からの出生児について、女性ホルモン剤暴露の影響を明らかにするための系統的な調査が必要と思われる。  この調査は、現在環境ホルモンの影響が疑われている精子数の減少、乳がん・精巣癌・子宮内膜症の増加などの異常との関連性の解明をも目的とし、出生直後 から成人後、中高年に至るまでの長期の影響を視野に入れたものでなければならない。このような調査は、1970年代以前の投与例では、すでにカルテの保存 期間を過ぎて
いることから一定の困難を伴うことが予想されるが、大学病院等ではカルテを保存している所も多いため、可能な事例から取り組むことが必要である。

4の件
妊娠中に投与された医薬品が、出生児に遅発的な影響を及ぼす可能性を考慮しておくことは、女性ホルモン剤に限らず、医薬品一般の安全性を確保するうえで 重要であると考えられる。しかし、医療機関におけるカルテの保存期間に限界のある現状では、妊娠中における医薬品の投与状況を回顧的に把握することはきわ めて困難であ
る。 母子健康手帳制度は、それ自体、わが国の母子保健の向上に貢献してきた優れた制度であるが、さらに妊娠期間中に医療機関で投与された薬剤の記録簿としても活用できるよう、現在の様式を改善することについて検討されたい。