十文字革命動機と方法論(5)

アレルギー患者さんの処方例

今回は、妙齢なおばあちゃん(?)に対するベシル酸ベポタスチンの処方体験に基づくレポートです。このおばあちゃんとは、かれこれ40年に近いお付き合いです。そのおばあちゃんをこのレポートでは、MBさんと呼ぶことにします。

ある夏の日、このMBさんが1枚の処方せんを持ってやってきました。「今頃になると、いつも鼻アレルギーが出るんだよね。」といって差し出した処方せんの中身は、

【RP】
ベシル酸ベポタスチン10㎎  2T  朝夕食後  14日分

という、ごく単純なものでした。
MBさんは、築40年以上も経つ古い家に住んでいます。“夏にでる鼻アレルギーといえば、花粉よりもダニアレルギーかな?”などと思いつつ薬歴を打ち出しました。

 

眠渇倦暈悪 ベシル酸ベポスタチン 10mg  1日2回 朝夕食後  2T  14日分

“眠渇倦暈悪  ベシル酸ベポタスチン” と出ています。

「この薬は効き目が早いけど、眠くなるかもしれないから気を付けてね。坂で転ばないでね。」といって薬を渡しました。MBさんは私より10歳も年上で、今年、数えで80歳になります。

「そうそう、腰の痛みの方はどうですか?」MBさんは、以前、バスに乗っていた時に急停車をされ、座っていたにもかかわらずあちこち打ちつけて、今は腰が痛いといってジクロフェナクナトリウムをのんでいます。「2週間も経つのに、まだ痛むのよ、としだねえ」と言います。MBさんの薬歴を見ると、そのほかに頻尿と尿漏れがあり、塩酸フラボキサートものんでいます。「下の方から、悪いところがだんだん上がってきたから、この次は頭に来るかもね。」などと冗談を言って帰りましたが、私は、“眠くなって転倒して骨折でもしたら、寝たきりに!”などと心配していました。
それから、1週間ほどしてやってきたMBさんに元気がありません。「実は相談があるのよ。」と言います。「最近、口紅がのらないのよ。」「口紅がのらないと外に出にくくて、家にこもりきりになるので滅入るのよ。」と言います。

口紅がのらないとは、副作用では何だろうと私は考え込みました。そこで改めてMBさんがのんでいる薬を一緒にして薬歴に打ち出してみました。

眠渇倦暈悪  ベシル酸ベポタスチン10㎎ 1日2回  朝夕食後

2T

緑渇悸暈疹  塩酸フラボキサート200㎎ 1日3回  毎食後 3T
Sj渇横間光  ジクロフェナクナトリウム25㎎ 1日3回  毎食後 3T

となります。

「喉が渇く?」「そうよね。」「唇も乾くの?」「唇の皮がむけるから、口紅がのらないのよね。」「うーん、もしかすると、のんでいる三つの薬のせいかもね。」

私は、「渇」が原因だと思いました。それも3渇です。

「腰の方は、まだ痛むの?」「だいぶ楽になったさ。」「お医者さんへ行ったとき、もう止めてもいいかどうか聞いてみてよ。」「鼻のアレルギーはどう?」「1週間のんだのでこれも効いているね。」「じゃあ、アレルギーの薬も次にお医者さんへ行ったとき、止めてもいいか聞いてみたら。」

「それとね、両方のお医者さんに話すとき、のどが乾いてしょうがないと言ってね。」 副作用が「口渇」だけに、私なりの少し時間をかけての対策提案でした。また、内心「口渇」だけで処方医に直に電話するのも気が引けました。泌尿器の方は前から飲んでいたので、他の2剤を飲み終えれば大丈夫だろうと推測したのです。
それから、2週間ほどしてMBさんは晴れやかに来店しました。その唇には、口紅が鮮やかについています。それを見ただけで、事態は察しがつきました。

私は、妙齢なMBさんに「QOL」の大切さを教えられました。口では「QOL」が大事だと何回も講演などで言ってきましたが、現場での体験は、それが「口渇」という副作用としては軽んじられがちなものだけに、痛いほど身に応えました。

大げさに言ってしまえば「口紅がのらない、外に出ない、鬱になる、自殺する」なんて筋書きもありますよね。これは、私が体験した大切な宝物となりました。

そうそう、これも最近体験したことですが、数年前から「塩酸イミダプリル」をのんでいる中年の女性が、眼科の処方せんを持ってきた時に私に言いました。「いつも、今頃(7月下旬)になるといらっしゃいますよね。」と眼科の女医さんに言われましたと。

それを聞いて、私はあっと思いました。出された処方が瞼に塗る眼科用のステロイド剤だったのです。お薬を渡しながら言いました。「いつも飲んでいる血圧のお薬ですが、光線過敏症という副作用がありますので、光線の強い季節は日傘をさしたり、紫外線よけの眼鏡をかけたりすると良いと思います。血圧のお薬の多くは、この副作用を持っていますから」。

万物これ師なりとは、よくぞ云ったものだと、頭を下げて患者さんを見送りました。

一口コラム・かかりつけ薬局

かかりつけ薬局から、最近では、かかりつけドラッグストア、将来はかかりつけコンビニエンスストアもできかねない昨今、『かかりつけ薬局』、『かかりつけ薬剤師』を日本薬剤師会が使うに至った経緯を懐かしく思い出しています。

平成元年、私は当時、日薬常務理事で基準薬局作りに奔走していました。 そんな夏のある日、朝日新聞の論説委員だった大熊由紀子さんに会いにいきました。「いきつけの薬局で薬歴を録っていれば、くすりの相互作用や飲みあわせが解ります」と言った私に「佐谷さん、いきつけという言葉は、飲み屋さん的ですね。朝日では今後『かかりつけ薬局』という言葉を使いますから、日薬さんも使ってください」と言われました。

そして、平成元年8月25日、朝日新聞の論説に、かかりつけ薬局、かかりつけ薬剤師という言葉がおどったのです。「・・・一人一人が『かかりつけ薬局』を持ち、そこに患者毎の『薬歴簿』が備えられており、専門知識を持った薬剤師が処方せんをチェックする仕組みが整っていれば、こうした危険(注:相互作用や副作用の発現)は、たやすく防ぐことができる。納得いくまで説明を聞くこともできよう。・・・」

あの日から、もう18年目の夏を向かえています。大熊さんに約束した「薬剤師の役割」が、キチッとできているか、私はいつも自分に問いかけています。

本稿は、田辺三菱製薬 医療関係者会員サイト(旧:タナベメディカルファインダー 企画:ハイブリッジ)へ連載していたものを転載しています。